ウグイス考 絵画におけるウグイスの色 TopNatureウグイス考

       −−−場における表現を支配する社会通念−−−「梅に鶯」画のウグイスは緑色 

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 ネット上のデマ、風説の広がり方 <弱脳媒体感染>
  
花鳥風月の絵画でウグイスが描かれている作品は数多く存在します。、多くの作品でウグイスは緑系の色調で彩色されているのですが、このことをもって、ウグイスを描いた絵師あるいは画家達が間違ってメジロを描いてしまった、と結論づける単細胞思考のサイト(ウィキペディア:メジロなど)がネット上で幅を効かしています。そして、それを見たトリビア吹聴派がさらに道聴塗説を繰り返す、という現象があります。
知ったふり、無知の受け売り、頭を使うことのないこの種の低レベルの話題はチェック機能の少ない弱脳を媒体として感染を広めます。

ここでは、「絵画におけるウグイスの色」について浮世絵を中心に、当時の社会通念の中でウグイスはどのように見られていたかを探り、又今日我々は絵画中の表現に対してどのような社会通念で対応しているかを考察します。

江戸時代、浮世絵という新しい印刷物を通じて庶民は花鳥風月の絵のみならず、歌舞伎役者や花魁(おいらん)の姿、振る舞い、旅の風景や遠方の名所めぐりなど、さまざまな物事、状況を絵を通して楽しみました。それまでにも、書物や瓦版等の知識媒体はありましたが、墨で描かれており、カラープリントとしての画像を庶民が入手出来るようになったのは浮世絵が色刷りになってからです。
まずは、浮世絵に登場したウグイスの色を辿って、「なぜ」を追ってみます。

歌川広重は「梅に鶯」のモチーフで何種類も出版しています。ネットで探索する限り、ウグイスが描かれる浮世絵は広重が圧倒的に多いです。色は単純な緑より、さらに青みが濃いものも多くあります。
歌川広重はメジロも描いています。   メジロの場合 ウグイス同様の青み系も多。
広重 メジロ 広重 メジロ 広重 メジロ 広重 メジロ
上記のウグイスとメジロの絵を比較すれば、広重はウグイスとメジロの特徴を巧みに表現し明らかに区別していることが判ります。しかし、メジロとウグイスの形状の区別が出来ない人や、絵画においても色の固定観念から抜け出せない人は、広重はウグイスとメジロ混同していたので同じような彩色をした。と言うかもしれません。ネット上ではメジロもウグイスもわからない人達が「梅に鶯」間違い説、ウグイス メジロ混同説を振り回します。自身の無知の経験を昔の人に当てはめ、昔から人々が間違っていた、と言います。
広重の緑ウグイスはまだまだあります。江戸中に、おそらく地方にも、沢山出回ったことでしょう。
たくさんある中から八枚の絵のウグイスを並べました。上段の2組は図柄が同じで色違い。下段は似たポーズの作品の色彩変化幅、青黒いものまであります。
このような色彩のウグイス画に対して、江戸の人々は「こんなのうぐいすじゃねえ」とは言わなかったようです。
「梅に鶯」のモチーフの浮世絵が版を重ねて大量に売れたのは、人々がそれを受け入れた何よりの証拠です。
少なくとも江戸の人々はウグイスもメジロもよく知っていて、このような色彩の浮世絵を愛でたのです。
下の画像は喜多川歌麿のウグイスとメジロ    広重とは色感が逆で面白いです。  この場合、メジロもウグイスも茶色系。これはこれで良しとするか、これはメジロじゃないと言うかは見る人の自由ですが、メジロをふっくらと暖かく描き、竹の葉とサルトリイバラのくすみのある淡い緑で囲んだ落ち着きのある対比は、これもありだと私は思います。
歌麿 ウグイス 歌麿 メジロ
歌麿 ウグイス 歌麿 メジロ

→ 広重の鶯 追加情報(別ページ)

本来画家がどんな色を使うかは、画家本人の自由です。自由だから、ウグイスが赤でも黄色でも良いと言う意味ではありません。画家本人が納得する色を使えばよいと言う意味の自由です。極端な場合、色を使いません。水墨画は濃淡だけで色彩はありません。それでもウグイスであったりメジロであったりすることが出来ます。
「梅に鶯」の絵を見て緑色だからメジロと混同している、などと吹聴するのはやめましょう。
ましてや、ウィキペディア:メジロのように
メジロとウグイスは、時期的・場所的に重なる両種古くから混同されがちであった。などといい加減な説明はやめましょう。「古くから」とはいつ頃かわかってないようです。辞書ではおおよその時代を書くべきです。少なくとも江戸時代は混同されていないので、単に「古くから」では意味をなしません。

また、同時に見ることがほとんどないメジロとウグイスを時期的・場所的に重なると言うのなら、その同じ範囲に数多く棲息しているシジュウガラ、ヤマガラ、エナガ、ホオジロもコゲラも時期的・場所的に重なり、混同の対象となるはずです。ウィキペディアは同時に存在する他の小鳥達が同様に振る舞っていることを知らないだけです。

 さて、それではなぜ江戸の人々は絵中の緑色ウグイスに対して変だと言わなかったのでしょう。
結論から言いますと
@ 江戸時代の人々はウグイスやメジロをよく知っていたので(もちろん混同するなどあり得ません)、絵師が表現する対象の揺れ幅(色彩、構図)に寛容でした。知識があれば寛大で、現代のように知識の少ない人が沢山集まると細かいことを突っ込んだり、けちを付けたりするようになります。みんなでつつけば怖くない心理でトリビアの受け売りをします。
知識があれば寛大 無知は偏狭、時に人間はそのように振る舞います。現代人の多くはウグイス、メジロの実体に関してほとんど無知です。

A 当時の人々が見るウグイスは現代の我々が遠くから垣間見たり、写真で間接的に見たりするするものとは違い、飼い鳥として間近で観察できる状態でした。これは我々の知る大ざっぱなウグイスの色以外に、微妙な構造色をも愛でる視点を獲得していたことになります。間近で太陽光の元で見るウグイスには光の方向によって緑色系の光沢がより美しく輝くこと。ヒナが成長し若鳥になった頃、この青み(緑光沢)は成鳥よりも強く、絵画で緑系を強めることそれ自体が、ウグイスの若々しさと力強い張りの表現に通じることを大衆も体得していたと想像されます。ウグイスの実体に対する深い理解はウグイスを緑系に強調することを良しとするのです。
描き手の表現と受取手の感受性、その相互理解を当時の人々の目線で考察しないと、「花札の中で梅と共に描かれている鳥はメジロだ、絵師がウグイスとメジロを間違えて描いてしまった」 と言わずもがなの恥言を発することになります。

以上のことを補足的に説明するために「場」というものを取り上げます。「場」とはどんなものか、人は「場」によってどのような影響を受けるかを検証し、その後、絵画という場においての関わり方を考察してみましょう。

<表現における社会通念が場によってさまざまに変わる>
社会通念は多種多様です。社会は地域、民族や集団、時代によって異なります。そこでは物の考え方、表現の仕方、受け入れるべきもの、排除するべきもの、きわめて細かく決められているにもかかわらず、人々は自分の属する社会の通念に柔軟に合わせて生活しています。服装、態度、言葉遣い、話の内容、など表現されるものは多岐にわたります。
 一番単純な例は言葉による表現です。言葉は物事や考えを伝える表現ですが、例えば誰かに頼み事をする場合を想定してみましょう。「おい、おまえ」と話しかける場合 「おそれいりますが・・」とていねいに始める場合など、話の前置きですら立場によって大きく変化します。 おまえ、あなた、あんた、てめえ、きさま、きみ 日本では特に立場言葉が発達していて、多くの人はそれほど苦労せず器用に使い分けています。
日本人の日常という場では社会通念上、額面通りではない特別の意味になる変わった言葉表現もあります。
目の中に入れても痛くない/目の玉が飛び出る/喉から手が出る/猫の額ほどの土地/どこの馬の骨/身を粉にして/骨折り/ ・・・・このような非現実的なことも私たちは言語表現上の社会通念として承知しています。
もちろん外国の言語にもその地特有の表現や社会通念があります。

<場に備わるルール−− 場には掟(おきて)がある>

例えば、営業会議に出席しているときと、飲み屋にいるときでは人は気持ちや態度が変わります。葬儀場ではおとなしく、運動会では活発に、それぞれの「場」に応じて人は柔軟に態度を変えます。
人はその場に態度を合わせるだけではありません。二つの場が接する場合、例えば、大相撲を観覧しているとき、客席の人は服を着ています。力士は裸です。場所の「場」と立場の「場」が両方で接し合っても力士も観客もそれぞれの姿で行動し、衣裳や振る舞いが混同することはありません。観客が裸になるとおかしいし、力士がシャツを着て土俵に上がってはいけません。このような「場」におけるプチ掟を私たちはすごく当たり前のことのように守っています。
場によって、許容される表現はたくさんあります。過去においては芸子、遊女の身なりや化粧、あるいは 武家と町人など身分という立場、現代でも、役者の化粧や衣裳、祭りやイベントでの服装など、 日常の街頭や普段の家庭では奇異となる表現が、舞台やイベント会場では抵抗なく受け入れられます。逆に場が異なれば許されないことも多々あります。まさしく場違いと言います。風呂場での姿は広場でしない方がよいでしょう・・・など。
場の掟、古い言い方では、しきたり、作法という名でしたが、今日ではテーブルマナー、交通ルール、校則、社則、などなど沢山あります。日本という場における最高のルールは日本国憲法です。

では、絵画という「場」における表現はどうでしょう。社会通念はどう作用するでしょう。

<絵画という「場」における表現の社会通念>
例をあげてみましょう。
”イルカの絵” でWeb 画像検索すると左下の結果が得られます。実色に近い物もありますが、ほぼ青色です。
”タコの絵”で同様に画像検索すると右下の結果です。ほぼ赤で真っ赤もあります。
実際のイルカの多くは灰色です。この絵はおかしい、事実と異なる。などとけちをつける人は少ないでしょう。実際のイルカをよく知っていれば、このような彩色も有りだと寛容になれます。
タコは赤を強め擬人化傾向もかなりあるます。日本人にとってはイルカより更に身近な存在で食料にもします。しかし、色も形もでっち上げの域に達するほど写実から離れています。

実際には日本人はタコをよく知っており、食用としての嗜好性も高く、どんな絵に描かれようと自分の知識に対する影響は少ないでのしょう。寛容に看過します。

この”タコの絵”の例はホシナコウヤ さんのアイデアをお借りしました。(平群庵掲示板 2016年02月05日 書き込み) 
イルカの絵 で画像検索 タコの絵 で画像検索
 
英語圏で同様の画像検索をしてみました。検索語の picture は写真も含んでしまいますが傾向はわかります。
octopus の手描き絵は特定の色の偏りがなく、強いて言えば青く塗られることが私には奇抜に思えました。
dolphin の場合手描きは少なく青が主かどうかわかりません。手描きの絵を検索すると白黒図になります。
dolphin colored illustration で画像検索すると青 灰色〜黒が半々 の結果が得られ”イルカの絵”同様の青系の彩色傾向があり日本とほぼ同じでした。
picture of dolphin で画像検索 picture of octopus で画像検索
絵の描き方、形については古代エジプトの壁画が好材料です。
横向きの顔に正面を向いた目、正面向きの胴に、横向きの脚。この表現がスタンダードなエジプト画における社会通念です。
これらの画像を見て「昔のエジプト人は目が横についていた」と理解すべきではありません。
古代エジプト人は絵の描き方が間違っている、など論外です。
私たちの社会通念があまりにも等しく行き渡っているために、ちっとも気にならない画像があります。
マンガ、おわかりでしょう。こんなへんてこなバランスの人間は実在する何十億の人類中から探し出すことが出来ないくらいですが、こんな人間の描き方は間違っているとはだれも言いません。人間は人間をよく知っているからです。 
私たちは生まれてから死ぬまで、ほとんど生涯人間を見続け、見慣れていて、それ故にマンガという「場」においては三頭身に縮めて描こうが、時に二頭身でも通用するのです。それが人間を表現しているのは、言うまでもなく判りきったことなので、誰もいちいちツッコミを入れません。

先に、江戸時代の人々はウグイスやメジロをよく知っていたので緑色のウグイスを受け入れた、と理由を述べました。
好ましさをいわば誇張した緑色で描かれたウグイス、江戸時代の人々にとっては言うまでもなく判りきったこと。
だから、花札の梅に登場する緑色の鳥がウグイスなのは、当時の人々にとっては判りきったことなのです。
梅といえばウグイス、このめでたい取り合わせがメジロになろうはずがありません。
それが江戸の社会通念、言うまでもなく判りきったことなのです。
人々の共通認識から構築される社会通念は人々の知識レベルが関わっています。
 梅に鶯
   知識があれば寛大 無知は偏狭。   現代人こそウグイスの知識に乏しく偏狭なのです。
   江戸の人々にとっては「言うまでもなく判りきったこと」 
   それにツッコミを入れて間違いだと指摘してみせる現代人。 
   間違いだという指摘が間違っている。
   にもかかわらず無知に根ざす自信をネットで発信する人々・・・・悲しいマンガです。