「梅に鶯」は中国から渡ってきた文化か?
ウグイス考 : 鶯色、 梅に鶯

「梅に鶯」は中国から渡ってきた文化であるという内容の記述がしばしば見受けられます。それに対して、いや、それは違う、日本独自の文化だ、とか中国から渡ってきた文化とは言い切れないと言った反論が見あたりません。反論がないと事実に反することでもまかり通り、そしてその情報が増殖されると言うのがネットの落とし穴です。
「梅に鶯」は中国から渡ってきた文化、本当でしょうか。

ここでは、「梅に鶯」は中国から渡ってきた文化 かどうか検証するためにそのような内容が記述されているサイトを拾ってみました。
これらのサイトの記述の問題点を整理すると次のようになります。

① 「梅に鶯」が中国からきた言葉だとすると中国語でそれに相当する成句があるのでしょうか

② 「梅に鶯」が対になって描かれている例が多いのなら例えばどんな作品でしょうか
③ 「梅に鶯」は中国から渡ってきた文様ならどんな作品例があるのでしょうか

これらのサイトの共通点は「中国から渡ってきた」に関する文献はおろか、
出典や資料に関する一切の情報がないということです。
上記 ①②③ の実例が全くない所から、思いつきで結論が出されているのです。

今では日本からの逆輸入でそのようなモチーフの作品は中国で見つけられるかもしれません。
でも、中国から渡ってきたとされる時代は随~唐初期の頃です。
私自身はこれらの答えを見つけられません。

表題の内容が記載されたサイトからその部分を抜粋します。詳しくは直接サイトをお読み下さい。


「梅に鶯」関連サイト 赤字は内容が疑わしい箇所 赤字箇所の解説
<1> 
梅 - 記憶を筐に… - livedoor Wiki(ウィキ)
さて、「梅に鶯」といわれ、昔から取り合わせのよいものに、たとえられます。
 梅は、中国から渡ってきた樹木です。八世紀のはじめに出された『古事記』や『日本書紀』には見当たりませんが、同じ八世紀の後半に成立した『万葉集』で、突然、春の花の代表になります。
 その『万葉集』の梅は、すでに「梅に鶯」の組み合わせになっているのです。花札では二月が梅で、その枝で鶯が鳴いています。どうやら、当時の貴族たちは、中国の文人から、梅だけではなく、「梅に鶯」という美意識までも、あわせて輸入したようです。
 では、本当に鶯は梅が好きなのでしょうか。いかにも決まりすぎの感じですが、実は鶯は、あまり梅の花は好きではないらしいのです。鶯が初鳴きをするころ、このころ咲いている花といえば、梅くらいしかない、そこで梅と鶯がセットになったらしいのです。中国では、梅と鶯は、どちらも欠くことができず、対になって描かれている例が多いですね。
「梅に鶯」という美意識までも、あわせて輸入
当時の中国で「梅に鶯」という組み合わせモチーフが美意識の対象となっていた記録はありません。
中国では、梅と鶯は、どちらも欠くことができず、対になって描かれている例が多いですね。
中国では、梅と鶯は、対になって描かれている例が皆無とは言えないまでも、まずありません。例が多い は全くのウソです。中国では、梅と鶯はセットになっていません。
Wiki という名で、デタラメを書き流す、このようなよからぬ公共性がネットにはあります。

中国で梅と共に描かれるのは鵲(カササギ)で、梅鵲が吉祥のモチーフとなって、絵画、文様に取り入れられます
  → 喜上眉梢 (参照1~3)。
 管理者メモ:韓国では大陸の梅とカササギの組み合わせを受け入れたのかもしれません。カササギは韓国でもめでたい鳥で梅と組み合わされます。  そして、日本から韓国へ渡った花札の「梅に鶯」は、韓国では「梅にカササギ」となっている場合があります。
喜上眉梢 (参照1) (参照2) (参照3
<2>
梅にウグイス  シバラボ 柴田自然研究所  2007年3月号

花札にも「梅に鶯」という図柄がありますが、どう見てもこの鳥はウグイスではありません。
この混乱の背景には、「梅に鶯」がもとは中国から来た言葉で、
コウライウグイスという別の種類のことを指していたという説があります。
「梅に鶯」がもとは中国から来た言葉
「梅に鶯」という言葉は中国語で 「梅花鶯」、「梅黄鶯」 
「梅鶯」 「鶯梅」 いずれかわかりませんがそのような慣用的な言葉の組み合わせは中国にはありません。(少なくとも私には発見できませんでした)

従って、「混乱の背景」という指摘そのものが誤りで、その結果この文章は原因と結果の脈絡がなく、無意味です。

コウライウグイスという別の種類のことを指していたという説
中国において「鶯」と呼ばれる鳥の和名を「コウライウグイス」と決めたのであって説ではありません。
Baseball の日本語(和名)は野球ですと言うのを、アメリカの Baseball は野球のことを指していたという説があると、わざとややこしく言うようなもので、「混乱の背景」を作り上げる修辞です。
<3>
梅と鶯の懐 : Colocasia's Photo World 
日本の「梅に鶯」の伝統は、中国からの移入文化であったようだ。

中国の古い漢詩「梅花密処蔵嬌鶯」に発想した、葛野王の漢詩集『懐風藻』にある「素梅素靨を開き 嬌鶯嬌声を弄ぶ」によって、梅に鶯は詩のモチーフとして万葉集を始めとした和歌などにも数多く登場するようになる。
だが、その元となった中国の鶯はコウライウグイスのことで、日本のウグイスとは色彩も異なる別種だったのである。
以下の理由で赤字箇所は間違いとは言えませんが難解です。
伝統
:伝統とはその地域や人々の集まりの中に時間をかけてできるものです。時間とそれをつちかう場が伝統には必要で簡単に移入できません。
移動できるのは伝統の成果や結果が形や文章で表現される部分のみです。通常伝統そのものが移入されるのは、アメリカ大陸へのヨーロッパからの移民のように、伝統を支える人々の集団移動が必要です。
「梅に鶯」の伝統が伝統を支える人々と共に渡ってきたと解釈すると大ごとですし、そのような伝統を支えた集団が中国にあったということの立証も必要です。
「梅に鶯」の言葉だけが中国から渡ってきて、それが後に日本の伝統になったと解釈するのが素直かと思います。 ただ、語尾は「あったようだ」 断定的ではなく曖昧です。
 もし、読者がこの文章の曖昧さをはずして
<日本の「梅に鶯」は中国からの移入文化である> と読み取ってしまうとやはり間違いです。
短い文章は意味をきちんと理解しない読み手に誤解される場合がありますので要注意です。


考え方が類似もしくはソースが同じだと思われるサイトの一群に対しては右側の解説を共通にしました。
サイト番号<4>~<10>
「梅に鶯」関連サイト 赤字は内容が疑わしい箇所 赤字箇所の解説
<4>
■梅|夜空の星のブログ  梅 )2010-02-10 11:39:17
 「梅にウグイス」といえば古典的な日本の風景の典型という印象がありますが、実は中国から渡ってきた「異国趣味」だったのです。奈良時代、唐の文化に憧れていた日本の貴族たちはその美意識に影響を受け、「雪に白梅」や「梅とウグイス」という絵柄もそのままに受け入れたのです。


梅の花を鑑賞しながらの宴を開く。
中国で行われていた梅にまつわるイベントが模倣され、日本でも催されました。(天平二年、大友旅人邸での梅花の宴など)
そのことを「異国趣味」と見なすことは出来るでしょう。
 
しかし、「梅にウグイス」という組み合わせは中国文化の模倣ではありません。「梅にウグイス」という組み合わせが中国の芸術や生活の中に皆無とは言えませんが、特に好まれた記録もありません。

「梅とウグイス」という絵柄が中国にあったのでしょうか。
探せば一つ二つはあるかもしれませんが一般的ではなく、列挙するほどの具体例は無いと思います。
(あったのなら具体的に教えてください=管理人)




中国産の青花(染付)の焼き物は多数あります。有名なのは景徳鎮(けいとくちん)ですが、その中国から渡来の焼き物に例えばカササギと梅、あるいは単なる小鳥と梅を描いてあると、多くの場合日本人によって「梅に鶯」のタイトルが付けられてしまいます。

あるいは「青花花鳥文花觚」という中国名に対して梅に鶯を描いたと日本人が勝手な解説を付けている場合もあります。


いずれにせよ、
中国産の焼き物あるいは文様については、中国ではそれがカササギであっても、日本人がそれを見てウグイスと解釈して、「梅に鶯」的なタイトルと解説をすることがあります。

日本人の先入観がそうさせるのでしょうが、 その様な誤った例を引き合いに出して 「梅にウグイス」が中国から渡ってきたモチーフだと思わせる文章を書くべきではありません。


結局、真っ赤なウソでした

    『梅に鶯』は
中国から渡ってきた文様


そのような文様は中国にありません
(皆無とは言い切れませんが、中国における文様の一つとして位置づけられるものではありません)
<5>
暮らしのミニ知識 梅   越前屋 生活情報
 「梅にウグイス」といえば古典的な日本の風景の典型という印象がありますが、実は中国から渡ってきた「異国趣味」だったのです。奈良時代、唐の文化に憧れていた日本の貴族たちはその美意識に影響を受け、「雪に白梅」や「梅とウグイス」という絵柄もそのままに受け入れたのです。
梅に鶯(うぐいす)は取り合わせのよいことを表す言葉で、春を告げる花と鳥。2月の凛とした空気に暖かさを予想させます。花札の場合は鮮やかな紅梅とウグイスですが、絵画などで描かれる場合は、白梅が多いようです。
<6>
梅 - 法律脳 - Yahoo!ブログ
「梅にウグイス」といえば古典的な日本の風景の典型という印象がありますが、実は中国から渡ってきた「異国趣味」だったのです。
奈良時代、唐の文化に憧れていた日本の貴族たちはその美意識に影響を受け、「雪に白梅」や「梅とウグイス」という絵柄もそのままに受け入れたのです。
<7>
庭の梅・・・今が満開・・・ - 杉田ゼミだより
梅にウグイスといえば、古典的な日本の風景の典型という印象がありますが、実はこれ、中国から渡ってきた「異国趣味」だったのです。
-----中略--------
奈良時代、唐の文化に憧れていた日本の貴族たちはその美意識に影響を受け、「雪に白梅」や「梅とウグイス」という絵柄もそのままに受け入れたのです。
 ---------------------------------------------------
注:このサイトでは  ◆梅について(下記URLより拝借しました。)
と内容が引用であることを示していますが引用先は現在不明です。引用という形で間違いが一人歩きする例として使わせていただきました。
<8>
梅・桜 やきものに見る花展 (花展がなくなったので閉鎖)
梅と一緒に春を告げる鳥に鶯(うぐいす)がいます。「梅に鶯」というモチーフは、絵画や工芸、花札にも用いられ、一般的なものです。「梅に鶯」も中国から渡ってきたもので、コウライウグイスといって日本にはいない鳥です。私たちのイメージにある、梅にとまる鶯、鶯色(黄緑色)は、メジロなのです。日本の鶯は、ほとんど藪の中で生活し、黄緑色ではなく茶色です。実は「梅にメジロ」「メジロ色」となります。

梅の語源は、中国の「烏梅(ウバイ)」、「韓音の梅(メ)」、「熟む実」など諸説あります。語源の説からも分かるように、現在私たちが見る梅は中国原産が有力とされています。日本へは、奈良時代に中国から「烏梅(ウバイ)」が伝えられ、貴族の薬用や観賞用として植えられました。梅は、貴族たちの中国文化への「あこがれ」、「異国趣味」だったのです。古典では、「花=桜」というイメージがありますが、遣唐使のあった平安時代前期までは「花=梅」でした。 
<9>
Now in season Spring 1  群馬県立藤岡中央高等学校
奈良時代の遣隋使か遣唐使が、中国から持ち帰ったと言われていて、原産地は中国の湖北省や四川省であるとされています。従いまして、取り合わせのよいことを表す言葉である「梅にウグイス」から、一般的には古典的な日本の風景をイメージしますが、実際は中国から渡ってきた「異国趣味」だったということになります。
<10>
myfavorites_page01 Such a lovely things.. ~愛すベキモノタチ~ 商品紹介
 
Last updated '03.06.19 ■02,03,03 『古伊万里』 『古民具』ページを削除。新しく『愛すべき小品』コーナーをアップ

(『梅に鶯?』 藍柿右衛門梅に鶯変形皿 直径18センチ 17世紀ころの焼き物についての説明文。)
梅の木同様、もともと『梅に鶯』は中国から渡ってきた文様で、当時は異国趣味だったと何かで読んだことがあります。その中国の『梅に鶯』のウグイスは、高麗鶯といって黄色い鶯だそう。鶯宿梅の故事もあるように、日本文化にすっかり馴染み親しまれてきた『梅に鶯』ですが、染付けの青一色で描かれた小鳥を眺めながら、いろんな色の鶯を想像し、大陸の文化、宗教が伝わった遠い昔に想いを馳せました。
(元のサイトに添えてある皿絵の説明文ですので皿絵を御覧下さい=管理人)
下記<11>のQ&Aは現代日本人の自然と文化への関心の深さと実態の浅さを示しています
ウグイスを知らない人に、ウグイスを知らない人が、ウグイスのことを教えている落語のようなおはなし
<11>
梅に鶯 - 教えて!goo   質問者:amuru 質問投稿日時:05/03/07 09:22
梅に鶯
梅林で。観賞している古木に、鶯が二羽飛来して、花から花へと
その光景に「梅に鶯」ということばを思い出しました。「とりあわせのよい例え」と辞書にありますが、鳥のなかで鶯がとくに梅の蜜を好むとかいったようなことはないのでしょうか

      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
回答syunpei 回答日時:05/03/07 11:04

特に、梅に鶯のたとえ通り、鶯が好んでいるわけではありません。たまたま偶然です。
一切、ありません。
梅に鶯(うめにうぐいす) 取り合わせが良い二つのもの。美しく調和するもの。また、仲が良い間柄
まったく取り合わせに、根拠なし
 まあ、ただ見てなんとなく美しく感じはしますよね。
ただ、基本的には鶯は、梅ノ木には用はないみたいですね。
多くの場合、よくにたメジロをみまちがえているようです
とあるサイトにこのような話がかかれていました。
「花札や軸などで見る、濃い黄緑色、抹茶色(うぐいす色)の小鳥からイメージしていた”鶯”に、メジロはぴったりです。ですが本当の鶯は、うっすら緑がかった褐色で、ヤブや茂みの中が好きで虫を好んで食すので、メジロのように花の蜜をつつきに梅の枝にとまることはあまり無いそうです。
梅の木同様、もともと『梅に鶯』は中国から渡ってきた文様です。
その中国の『梅に鶯』のウグイスは、高麗鶯といって黄色い鶯だそう。鶯宿梅の故事もあるように、日本文化にすっかり馴染み親しまれてきた『梅に鶯』ですが、染付けの青一色で描かれた小鳥を眺めながら、いろんな色の鶯を想像し、大陸の文化、宗教が伝わった遠い昔に想いを馳せました。

      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

回答2 sophia35
特に鶯が梅を好きだから・・・と言う訳ではなく、「鶯宿梅(おうしゅくばい)」と言う故事に由来するものです。

村上天皇の治世の話。
ある時、天皇がとても愛でていた梅が、枯れてしまいました。とても残念に思った天皇は、他の梅を探して来るよう言いつけましたところ、家臣がある屋敷で非常に、非常に枝振りの良い梅木を見つけました。そこで、それを宮廷に献上させたところ、その屋敷の女主人が認めた歌が枝に結ばれており、そこに・・・・・・


鶯が二羽飛来して、花から花へ


質問者は自分が見た鳥がウグイスかどうか調べもせずに質問しています。
(ウグイスが二羽で飛来することはまずありません) 
メジロを見てウグイスとしての質問

まったく取り合わせに、根拠なし
回答者が根拠を知らないだけ

よくにたメジロをみまちがえているようです
ウグイスとメジロがよくにたとの判断は、ウシとウマがよく似ているので見間違えると言うくらい低い判断力です。
ウグイスのことを知らない人がウグイスについて回答するおかしさ。
なぜなら、「梅の枝にとまることはあまり無いそうです」 と回答者自身、自分の目でウグイスを観察していまいません。

『梅に鶯』は中国から渡ってきた文様
サイト<10>の皿絵を眺めての感想が、続く文章にそのままコピペされています。(文章の盗用)

それらを含めサイト<1>~<3>で解説した通り、中国から渡ってきた『梅に鶯』の文様はありません。
(ひょっとしてあったら教えて下さい貴重な例になります=管理人)


回答2:言っていることが逆です。 

梅に鶯のモチーフが既にあったから鶯宿梅の物語が作られ、なるほど良くできた話だとして後世に残ったのです。そしてそれ故に「梅に鶯」を印象づける象徴的物語として有名なのです。
<12>
>実用書道「筆ペン教室」 かわらばん >鶯宿梅-おうしゅくばい-梅にうぐいす
もともと、<梅と鶯>は中国から渡ってきた組み合わせ。漢詩にもこの二文字はよく登場します。本来、鶯は虫を好み、<めじろ>のように花の蜜をつつきに梅の枝にとまることはあまり無いそうです。<鶯>は<めじろ>を見間違えているのではないかともいわれます。
<鶯>は<めじろ>よりも少しだけ茶色がかっていています。目を見れば一目で<目 白>とわかりますが、遠目には似ていますね。


以下、上述のサイトなどを読みかじって書いたものと思われます。









(注)
ウグイスの漢字は鶯ですが中国ではこの漢字の意味するのはコウライウグイスで、日本のウグイスを指しません。
したがって、梅に鶯は中国では梅にコウライウグイスの意味になります。
<13>VOLVO XC90 旅日記 みんカラ版 梅に鶯・・・ではなくメジロ  
梅に鶯」というコトワザは中国から伝わってきたそうですが実際は梅に鶯が寄り付くことはなくメジロの見間違えだったのでは...とか?
そういえばウグイス色ってメジロの色ですねぇ...
<14>
美味しい知識の収集屋   11:11
梅に「ウグイス」は→梅に”メジロ”が正解?!

もともと、「梅に鶯(うぐいす)」は中国からきた言葉で、鶯とは日本のウグイスとは別種の鳥を指していた。それを日本にあてはめたため混乱がおきたようだ。
類似サイト 以下省略
   平群庵:平群の里の侘び住まい