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ここで、物の名称の伝わり方を考えてみましょう。古代、例えば卑弥呼の時代、魏の國の使節がやって来たとき、白旄をかざした魏国の兵士をを倭人は物珍しそうに見ていたでしょう。魏国の人たちが滞在する間に共に飲食をしたり話し合ったりしする機会もあったでしょう。ところで、その頃、魏の言葉を話せる倭人はわずかで、文字を読み書きできる者は更に少なかったでしょう。魏国人といえども読み書きができるのは上層階級だけだったと思われます。珍しい目立つ物、好奇心のある私たちの祖先は彼らに尋ねます。白旄を指して、あれはなんだ?
魏の人はこのとき白旄をどう発音したかが問題です。
中国語を知らない私が古代中国語の発音を調べるのは無謀なことなのですが、現在の発音から類推することにしました。
日本語 中古音 北京語 台湾語 客家語 広東語 朝鮮語
haku brec bai pek pak baak pek
byaku(呉音)

北京など北方では発音の時代的変容が著しいと言われていますので参考にはなりません。古い時代が残っていると言われる客家語、それに古い時代の中国の発音が日本より多いと言われる朝鮮語を参考に pak に近い発音だったと推定しました。
中国人が漢詩などの古文を読むときの発音を読音といいますが、その場合の「白」はboと言う発音になるそうです。多分これも「白」の古い発音の一つなのかもしれません。
もうひとつ、「白」の日本での音読み、呉音は byaku です。呉音は奈良時代以前に日本に伝わった発音に基づいているので、参考にすべきなのですが呉音が「白」byaku と発音する拗音(yが入った音)になった経緯よく分かりません。古い時代に pak という発音が peak という発音に近くて、peak がbyaku(ビャク)に聞き取られたのかもしれません。また、中国のサイトに「白」の中古音(中国での古い時代の発音)が brec となっているのを見つけました。聞き方によっては byaku になるかもしれません。
外国語を聞いて自国語の発音の範疇で再現するとどうなるかと言う問題なのですが、例えば Cat を現在のカナを持っている私たちはキャットと表現します。発音記号は[kyatto]ではないのですが。
フランス語のcafeの発音記号は[kafe]ですがキャフェに聞こえたりします。
日本語 中古音 北京語 台湾語 客家語 広東語 朝鮮語
bou mau mao mao mo mou mo
mou(呉音) mou mau

日本語の音読み bou は中国にはない発音のようで、日本に入ってから m → b に変化したのかもしれません。(調査不足) 中国では mou、mau、mao と発音する場面、地域が多いようです。日本語でも音読みの呉音はモウであり、旧仮名遣いでマウとなります。つまり、古代中国語発音は mao か mau が妥当と思われます。
長々と理屈を述べましたが、要は魏の人は白旄を pak-mao と発音したであろうと言うことを導きたかったのです。魏人が pak-mao と言ったのを倭人は pak-ma と聞き取ったと言うのがこの考察のポイントです。
発音の最初と最後の弱い音は聞き逃すことがよくあります。特に外国語では。例えば、アメリカ人がAmerican と言ったとき日本人にはどう聞こえるでしょうか。ローマ字とかスペルと言った知識の全くない人にはメリケンと聞こえたのでしょう。メリケン粉やメリケン波止場のそれです。
卑弥呼の時代、外国人がしゃべったことを書きとどめるすべはありません。文字がなかったのですから。発音された音を記憶するのみです。pakma(今なら片仮名でパクマとメモするところですが)
日本語の発音の時代的変化は、p→f→h、つまり古代にパと発音したものが奈良時代にはファとなりその後ハに変化したことはすでに多くの事例で知られています。パクマも後世に引き継がれていく間に パクマ→ファクマ→ハクマ と発音されるようになりました。
仮名文字ができてからこれは「はくま」と書かれ、いつしか「白熊」の字が当てられました。「熊」の字が当てられると発音は自然に「はぐま」となってしまいます。ひぐま、こぐま、あらいぐま、のように。
以上がはぐまの語源推論です。

卑弥呼の時代というのは例えばの話ですが、実際に白旄が日本に持ち込まれたのは奈良時代よりずっと前のことだと思います。
その後本来の「白旄」「ハクボウ」(旧仮名ではハクバウ)と言う漢字が入ってきたときにその字を当てずに、「はくま」のままだったのはヤクの毛飾り「はくま」とその言葉を引き継いだ者が武家となったからかもしれません。教養のある人は恐らく知っていたとしても、言葉はそれを使う人たちのものです。武士は僧侶や貴族ほど漢字通、中国通ではなかったのでしょう。
どうして「白熊」と当て字がされたかと言う理由は分かりません。当て字を考えた人のセンス次第です。アメリカ=亜米利加 発音だけの当て字もあり、カタログ=型録 意味を含んだ巧みな当て字もあります。熊は日本では最も強そうな獣で、「白熊」は武人の発想かもしれません。
赤熊(しゃぐま)も赤旄(shak-mao)から導くことができます。赤の呉音はシャクです。

後述
はぐまの語源については既にどこかで調べられているかもしれません。
ご存じの方がおられましたら、出典を教えて下さい。

漢字と発音を求めて中国系のサイトを調べる中で分かったことですが、台湾や香港のサイトで検索する際に発音とか読音という文字を入力してもヒットしません。 中国語(繁体)では撥音、讀音などと旧字体を使用しないといけなかったのです。勿論、エンコード:中国語(繁体)にしないと字化けになります。台湾も台灣と打ち込んでやらないとだめな場合がありました。

先に、白熊がどうしてハグマかと言う疑問をもつサイトがあったことを述べましたが、その内の一つは下記のURLの中の第59号「官軍とヒマラヤと家康」と題するエッセーです。
http://ichimon.main.jp/no59/08.html
ヤクとしゃぐまについて、及びそれにまつわる事柄が記載されています。
私的ですが、この作者の他の作品もおすすめです。特に「第56号 異文化との遭遇」
http://ichimon.main.jp/no56/16.html
の異文化を計るモノサシ論は多くの人に読んで欲しいと思う内容です。作者:桂川 裕樹氏の良識の厚みに支えられた視点の包容力が素敵です。
はぐま考 はぐま語源を探る(仮説)
「白熊」をハグマと読ませる言葉は広辞苑にあります。
はぐま[白熊]: ぼう牛の尾の毛。中国から渡来し、黒いのを黒熊(こぐま)、赤く染めたのを赤熊(しゃぐま)という。払子(ほっす)に作り、又は旗・槍・兜(かぶと)などの装飾に用いた。

インターネットではぐまを検索すると500余りあり、その内、白熊と書いてはぐまと読ませているのは263ありました。しかし、はぐまについては広辞苑程度のことが述べられているのみで、西南戦争のときの長州や薩摩のかぶり物のが何色だったとか、まつわる話はありましたが、牛の毛がどうして白熊なのか、どうしてはぐまと読むのか一切触れられていません。200件余りのはぐまの説明のあるサイトが基本的には広辞苑と同じで判で押したような内容だったのにはがっかりしました。
実は白熊がどうしてハグマかと言う疑問をもつサイトが二つありましたが、一つは疑問のまま、もう一つはそのページの本題ではなかったために、最後までは追求されていませんでした。
どうやらインターネットは道聴塗説の十字路、それなら自分で調べるしかありません。
関連する漢字を調べていくと
りぎゅう[り牛]:からうし、ヤク     ( と言う字は).....................
ぼうぎゅう[旄牛]:その毛で旄を作ったのでヤクのことを旄牛とも言う。
つまり、ホルスタインのことを乳牛(乳用の牛)というような表現です。
では、旄とは何でしょう。
ぼう[旄]:旗飾り。ヤクの毛以外にも旗飾りはあったのでしょうが、ヤクの毛が最も好まれ、白い物が一般的で白旄と呼ばれました。 
三国志などにも登場する軍団の旗や槍の白いふさふさした飾りです。
「はぐま」の元となった言葉では白旄(はくぼう)そのものである、と言うのが推理の結論です。
以下、その経緯を辿ってみます。